もしも、義務教育がなくなったら

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ようこそ、かたせうみの妄想最果ての地へ。

 

今日は、『もし、義務教育がなくなったら。』という妄想をお送りしたいと思います。

先に言っておきますけど、妄想です。

 

こういう話題を書くと、「行きたくてもいけない人が~」とか、「学校教育に縛られ」的な反論がでそうですが、今日はそういう記事ではないので。

 

そして、あくまでも学問教育についての記事です。

 

学校では、勉強以外の大事なことこそ学ぶもの」という事もありますが、そこを言うと、この記事終らなくなっちゃうので、

 

野暮なことは言いっこなしよ。

 

はいはい、妄想の世界なんですから。

それじゃ、もしもボックスに電話してみよう。

 

さてここで、今の日本で義務教育が廃止されるわけないという大前提は、ブラックホールへ。

教育を受ける権利も義務も、なしなしなし。

 

まぁ、先進国で義務教育なくすとかありえないですけどね。

 

では、考えてみよう。

 

Imagine all the people ・・、あ、これ違うね。

 

Let’s think!

 

う~ん、これは、もう古いね・・・。

 

義務教育がなくなると、小学校から有償化?

 

高校無償やら、大学一部無償の流れに逆らいますが、義務教育が義務でなくなると、考えられるのは、教育の有償化ですかね。

 

実は今だって給食費や修学旅行費を払っているので、完全無償ではありませんが、一応義務教育なので、無償です。

 

所がこれが義務でなくなれば、別に無償でなくてもよくなりますよね。

しまいには、経営が学校法人でなくて、株式会社経営になったりして。

 

教育の自由化という名目で、色々な形の学校教育が乱立しそうです。

 

学校に行かない・行かせない自由もありますが、齢6才くらいの子を置いて、さすがに親は働きに出られない。

ので、親は保育所代わりにもなる学校へ行かせるという選択をとるのが普通でしょうか?

 

でも、学校が義務でなくなれば、子供の就労も解禁されるかもしれません。

 

さぁさぁ、どうする?

 

でも、一応現代社会の流れの一つとして、一人でお留守番できそうな年齢位までは、有償でもどこかの学校へ行かせるという選択肢が有力でしょうかね。

 

とすると、家庭の金銭的負担を減らすため、卒業が早い学校が出来るかもしれませんね。

なんてったって、有償ですから。

 

早期卒業短期小学校?何歳で卒業するのが望ましいのか?

 

有償化となった学校。

学校へ行かず、働く子供も増えるかもしれませんが、ひとまずここは、読み書き位はできないとという事で、短期小学校へ通わすことにした両親。

 

家庭の経済的負担軽減のため、一体何歳くらいで学校を卒業させればうまくいくんでしょう??

 

マサラタウンでは10歳で子供が旅に出るし、TV版星野哲郎は10歳で999に乗ったので、10歳あたりが妥当でしょうか?

 

10才卒業の学校となると、どの辺まで勉強ができるかというと・・・?

今でいう小学4年生くらいだから、ひらがな・カタカナ・漢字初級。

足し算引き算割り算は、大丈夫そうですね。

 

10才卒業説、有力。

 

戦国時代なら、それから4年くらいで元服して大人だから、ちょっとは信ぴょう性あるかな?

 

10才で卒業して、学校行かない人は4年くらい働いて成人と・・。

 

10才以降はまた別の学校に進学するもよし、働くのもよし、好きなことをするのもよし。

全てはお金があれば叶えられます。

 

あ、でも、10才までも義務教育ではないのだから、学校へ行かずに、場合によってはすでに働いている人もいるかもしれません。

 

昔々の丁稚奉公は、5才くらいからあったと聞きますから。

 

となると、進学というのは、富裕層にのみ与えられる特権という事になりますか・・。

 

ますます高まる教育格差、負の連鎖・・・。

 

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義務教育の崩壊は、じわじわと効いてくる

 

義務教育がなくなったとしても、まず今ならみな学校に通わせることを選択しますよね。

 

でも、これが数十年後、義務でなければ、一定数は学校へ行かない層が出てきます。

学校へ行かないのが普通の環境で育てば、それがまた下の世代に受け継がれます。 

 

社会性やら商売の事は、人と接する事や働くことで、学んだり教えてもらえる可能性もあります。

 

でも、ここで私が一番気になるのが、一定数、読み書きができず、お金の計算ができない層が出てくるでしょうという事です。

 

勉強は大人になってからでもできますが、大人になってからでは取り返せない時間という壁があります。

スポンジのように吸収力がある脳みそのうちに字を覚えるのと、大人になってから取り掛かるのとでは、費やす年月が全く違うでしょう。

 

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字が読めないことは、こういう事

 

今はネットで何でも調べられますが、字が読めないと、何が書いてあるのか分かりませんよ。

 

字が読めなくても生きていけるけど、字が読めないことで、簡単に騙されます。

だって、何が書いてあるのか分からないんだから。

 

今、息をするように読めている字が読めないなんて、想像したことありますか?

この画面に書いてある文字が、全部象形文字になったと想像してみてください。

 

そして、普通にしているお金の計算。

足し算引き算だって、教えてもらわなければ、普通はできません。

 

足し算引き算ができなければ、500円の物を1000円出して買っても、「おつりは100円ね。」と言われたって、そうか・・、と納得するしかありませんね・・。

 

字が読めないという事は・・・・

 

私のブログも読んでもらえないってことですよ!

 

そんなの困る!

 

終わりに

 

今日は、「もしも義務教育がなくなったら」という妄想を書いてみました。 

 

本当はもっといろいろ妄想があったんですが、今日はこれくらいでという感じです。

妄想ですから。

 

学校教育には、弊害もあれば限界もあります。

 

「義務教育の敗北」とか、「学校なんて害だらけ」なんて言えばかっこよさげだけれど、今苦労もせずに字が読めるという事は、義務教育の賜物であることを、忘れないでほしいです。

 

いやな思いをした人もいるとは思うけどね。

 

それではまた~。