ゲームは文字通り、私の人生を変えた。

今週のお題「ゲームの思い出」

 

こんにちは、かたせうみです。

今週のお題、「ゲームの思い出」ですか・・・。

これは、私は書かなきゃ罰があたりますぞ・・・。

という事で、かる~く読んでくださいね。

 

実は、新卒でゲームの会社に入社した

 

1983年7月15日、任天堂から「ファミリーコンピュータ」が発売されたそうですが、スーパーマリオが出る頃には、私はすでにお年頃であり、リア充であり、家でゲームなんてしてる暇ありませんでした。

 

(だから浪人したともいう・・・。詳しくは、過去記事をどうぞ。)

大学受験 人生で初めて挫折というか「何とかならなかった」を知った出来事。 - 人生半分過ぎたらしいので、色々やってみるブログ

 

で、私にはちょっと年の離れた弟がいるんですが、そっちの世代にはばっちこんとはまったみたいで、弟は立派なゲーマーになりました。

 

数年たったある日、大学3年の頃、私は急に暇になりました。

大学は毎日行かなくていいし、バイトしてても時間はたっぷり。

 

ネットやSNSもないころですからね。

 

そして、部屋でゲームをしている弟と、毎日ゲームをしては、夜はまた弟とゲームセンターへ 行く日々。

当時ゲームセンターでは、『ストリートファイターⅡ』等が流行ってました。

 

数年を経てファミコンはスーパーファミコンへ。

名前もハードも変わり、桃鉄は、PCエンジンを持っていなければ遊べませんでした。

セガも、メガドライブという自社ハードを持っていました。

 

私のお気に入りは『ファイナルファンタジー』。

ずっとやっていて、ひたすら経験値をためるのに、最長で24時間プレイしていたこともあります(アホか!)

 

何だかその時、神様のお告げがあったみたいなんですよね・・・。

突然私は、ゲーム会社に就職しようと思ったのでした。

 

f:id:kataseumi:20180422193537j:plain

リアルレディプレイヤー1ですわ。

 

楽しかった就職活動 

 

年がばれるから、あまり詳しく書きたくないのですが、私が大学4年の時は、バブルは既に終わっていて、就職は超氷河期と言われていました。

が、そもそもゲーム会社に就職しようという女子は少なく、就活は、今にして思えば会社の規模に比べて割と楽勝でした。

 

〇プコンの会社説明会なんて、私が行った日程では、200名の学生に対し、会場にいた女子は私含めてたったの2名。

当時〇プコンは、ゲームメーカーとしてはまだまだマイナーで、ストⅡがヒットしたばかりの頃。

バイオハザードや鬼武者やモンハン、デビルメイクライ等は、まだ作られてはいなかったのです。

 

大手のゲーム会社は軒並み受けましたが、女子受けしない業種のため、説明会での男女比率はだいたいどこも同じような感じでした。

 

ただ、〇ムコだけは、会場の4分の1位は女子がいましたね。

当時テーマパークを手掛けていたので、人気が集まったようです。

 

〇イトーは、毎年学生が集まらないのでゲストを呼んだりしていましたが、ちょうどゲームバブルと重なり、希望学生が急増。

『今年もまあ同じくらいの集客だろう。』と高をくくっていた会社側でしたが、集客予想を大幅にオーバー。

会場からあふれんばかりの学生で、リクルーターがオロオロしていたのを覚えています。

 

〇ニックスは、会社説明で、必死に「当社はゲーム会社じゃないので!!」と語っていた。(一応、イベント関連の会社という事になっていた。)

 

〇ーエーは、こじんまりとした、堅いイメージの会社。

ゲームの感じそのものでしたね。

会議室の椅子が超立派だった・・。

 

〇ガは、結構成長していたのでごく一般的な会社説明会。

 

〇ナミは、自社のデザインと音楽に絶大な自信と自負があり、そこを熱く語っていて、「ちょっとやそっとじゃ入社させない。」と豪語していて高飛車だった。

 

他にも色々受けたのですが、数10年前なので、忘れちゃいました。

今では、色々経営が統合されて名前も結構くっついちゃってますね。

 

就職活動という名目で、憧れの会社に訪問することが出来るので、会社訪問や説明会は、とても楽しみだったことを覚えています。

 

入社してからも、天国 

 

そんなこんなで、私は某大手ゲーム会社に就職を決めることが出来ました。

入社して思ったのは、『天国や!』←言い過ぎ?

 

私の周りには、あまり熱心なゲーマーがいなかったんですね。

女子に至っては0人。 

だから、ゲーム関連の話をしたくても出来る相手が弟しかいなくて。

2ちゃんもないしね~。

 

それが、入社したとたん、周りはヘビーなゲーマーばっかり。

誰もかれも、ゲームの情報を私より持っている。

プラス、もれなく皆さん、コアな漫画も読んでらっしゃる。

もう、何を話しても通じるので、すごく楽しかったです。

 

麻雀したければ、すぐに人数も集まるし。

 

超氷河期に就職したとはいえ、大手企業だったので同期も多く、仲間が多い。

残業代も出たし、週休二日。

帰ろうと思えば定時にも帰れました。(上司に恵まれていたのかもしれませんね。)

 

ただ、開発の友人だけは、 『お正月も出勤なんて、ひどい会社だねぇ~。』なんて言ってましたが。

 

そんなわけで、 暇つぶしにちょっと始めたゲームが、私の人生を変えました。

 

結局、結婚を機に退職しましたが、辞めてしまったことは、かなり後悔しています。

今ではその会社、すごく大きくなっちゃったので、TVCMを見るたび『逃した魚は大きかったかな?』と思っています。

 

ちょっと自慢話みたくなっちゃいましたね。

 

最後に 

 

あれから数十年。

今にして思えば、超ホワイトな会社というか、のんびりした会社でしたが、時代は変わったのだろうか??

 

私は『やりたいことを仕事にした。』というのとは、ちょっと違うと思いますが、好きな所で働くことが出来て、とてもラッキーだったと思います。

 

今は、ゲームといえば、ツムツムをたまにするくらいで、仕事も全く違う仕事をしています。

まぁまぁ、幸せですけどね。

 

仕事辞めた後にプレステが大爆発して、友人から「何で辞めたの!!今年の決算ボーナスすごかったのに!!」

と言われたことは、今も忘れてません。

 

 かたせうみでした。

読んでいただき、ありがとうございました。 

スポンサーリンク